
アメリカ西海岸サンフランシスコの郊外で太平洋に近い清閑な傾斜地にレイアウトされたチャンピオンシップ・コースである。過去に4回全米オープンの会場となっているが、1955年にはベン・ホーガン、1966年にはアーノルド・パーマー、1988年にはトム・ワトソンとすべてビッグネームが優勝を逸していることで有名である。
特にアーノルド・パーマーは最終日9ホールを残して7ストロークのリードにもかかわらず、コースレコードを狙った無謀なゴルフが災いし、ビリー・キャスパーに追いつかれ翌日の18ホールのプレー・オフとなった。プレー・オフでも前半のリードを後半守りきれず涙をのんだ。コースは、もともとウィルフリッド・リード設計の18ホールをウィリー・ワトソンが大幅に改造、更にこれをマックス・ベーアが再改造したものであるが、ワトソンとベーアの作業を現場で補佐したサム・ホワイティングの貢献が大きい。
彼の行った熱心な植樹が現在、コースの重要なハザードとなっており、フェアウェイ・バンカーを必要としていない。(現に18ホールに1個しかない。)写真はグリーンの左奥にクラブハウスを見た最終18番ホールのグリーン周り。
このグリーンで奥につけると3パットの危険性が大である。



































