11 パインハーストNo.2コース

更新日:2007/09/14

パインハーストNo.2コース
 20世紀の初め、ボストンの実業家ジェームス・ハフツは本業のソーダ水ビジネスを息子に譲り、ノース・キャロライナの田舎に広大な砂地の森林地帯を手に入れ、リゾート開発に乗り出した。
 折からのゴルフ・ブームに目をつけ、18ホールのゴルフコースを自分の設計で建設する。 ちょうどその年、スコットランドのドーノックから移民してきたドナルド・ロスとボストンのオークリー・ゴルフクラブで出会った。ハフツはロスを説得してリゾート開発を手助けさせ、No.2コースの建設となる。現在は、No.8まで造られているが、このNo.2がパインハーストを代表する最も評価の高いコースである。


 1999年の全米オープンの会場となり、ニッカーボッカー姿で人気を集めたペイン・スチュアートが優勝した。しかし、彼はその後自家用機の事故で帰らぬ人となった。
ドナルド・ロスは今世紀前半のアメリカで、コース設計で大活躍し優に400を超える数を手がけたが、このパインハーストNo.2が最高傑作とされている。

 1999年に続き2006年にも全米オープンの会場となることが決定している。

 コースは砂地の上に造られたリンクス風のクラシックなコースで、フェアウェーを外れると写真のように厳しいラフがハザードとして横たわっている。