21 インターラーケンCC

更新日:2007/12/01

インターラーケンCC
 1930年球聖ボビー・ジョーンズはアマチュア・ゴルファーとしてグランド・スラムを達成した。全英アマはセント・アンドリュースのオールド・コースで、全英オープンはロイヤル・リバプ-ルのホイレークで、そして3つ目のメジャーは、ここミネソタ州のインターラーケンCCで全米オープンを制覇、最後の全米アマはペンシルバニア州、フィラデルフィアのメリオンGCで闘われ、これに勝利して夢のグランド・スラムを実現した。


 このコースは1911年にウィリー・ワトソンの設計で造られたが、1919年にドナルド・ロスが改造した。ボビー・ジョーンズによる勝利は、この改造されたコースでなされたものである。ウィリー・ワトソンはサンフランシスコの全米オープン・コース、オリンピックCのレーク・コースも設計している。ここでは、1955年ベン・ホーガンの無名のゴルファー、ジャック・フレックへの敗北、1966年のアーノルド・パーマーの最終日、最後の9ホールでの“歴史的な崩壊”と、本命が勝てないことで有名である。

 これに対し、インターラーケンは真のチャンピオン、ボビー・ジョーンズの歴史的勝利の舞台となっており、全く対照的である。

 前世紀の初め、スコットランドから移民してきたワトソンは、夏は5大湖周辺で、冬は暖かいカリフォルニアに移ってゴルフの指導とコースの設計を行っていた。

 そのため、遠く離れた2つの地域に歴史的なコースを残すという幸運に恵まれたのである。