
このコースは1911年にウィリー・ワトソンの設計で造られたが、1919年にドナルド・ロスが改造した。ボビー・ジョーンズによる勝利は、この改造されたコースでなされたものである。ウィリー・ワトソンはサンフランシスコの全米オープン・コース、オリンピックCのレーク・コースも設計している。ここでは、1955年ベン・ホーガンの無名のゴルファー、ジャック・フレックへの敗北、1966年のアーノルド・パーマーの最終日、最後の9ホールでの“歴史的な崩壊”と、本命が勝てないことで有名である。
これに対し、インターラーケンは真のチャンピオン、ボビー・ジョーンズの歴史的勝利の舞台となっており、全く対照的である。
前世紀の初め、スコットランドから移民してきたワトソンは、夏は5大湖周辺で、冬は暖かいカリフォルニアに移ってゴルフの指導とコースの設計を行っていた。
そのため、遠く離れた2つの地域に歴史的なコースを残すという幸運に恵まれたのである。























