26 カンタベリー・カントリー・クラブ

更新日:2008/01/15

カンタベリー・カントリー・クラブ
 オハイオ州の中心的な産業都市クリーブランドの郊外に1921年に誕生したクラブで、コースはハーバート・ストロングの設計である。ストロングはイングランドのロイヤル・セント・ジョージズGCのサンドイッチで働くプロであったが、20世紀の初めアメリカに移民してきた。最初ニューヨーク郊外のアパワミスGCに席を置き、次にロング・アイランドのイン・ウッドGCに移り、この時からコース設計に足を踏み入れた。このカンタベリーは第一次大戦後1922年の作品である。


 コースの特徴の一つはアメリカ中心部にある五大湖の一つ、イリー湖からの強風である。

 砲台方に盛り上ったグリーンは比較的小さく、深いラフとあいまって、これに湖からの風が加わり、ゲームを一段と難しくしている。1940年にはUSオープンが開催され、強腕で知られたローソン・リトルがプレー・オフでジーン・サラガンを破って優勝した。

 この大会では嵐が予想され、6人のプレーヤーが予定時刻よりも早くスタートして天気が荒れる前にゲームを終了した。全員失格となったが、この中にプレー・オフへ出場した2人と同一スコアーのポーキー・オリバーがいた。これはUSオープンの歴史に後味の悪い問題を残すこととなった。

 1946年には第二次大戦後の最初のUSオープン会場となり、この時は3人のプレー・オフとなって、バイロン・ネルソンとビック・ゲッツィーを破ったロイド・アングラムの優勝となった。写真は7番200ヤードを超えるパー3で難ホールの一つである。