29 イバネス・クラブ

更新日:2008/02/01

29 イバネス・クラブ
 1903年に設立されたオハイオ州トレドにあるこのゴルフクラブは当初78エーカーに9ホールが造られていた。トレドはガラスの街として有名である。設計者は19世紀の終わり頃にスコットランドからの移民ゴルファー、バーナード・ニコルスであった。インバネスの名前の使用をスコットランドのクラブから許可されるのは簡単ではなかったと云われている。


 1919年に土地を買い足して、当時一世を風靡した名設計家ドナルド・ロスに依頼して18ホールに作り変え、翌年全米オープンを開催した。優勝者はイギリスから参加したテッド・レイであった。次に1930年には、これも歴史にその名を残す名設計家 A.W.ティリングハストによる改造がなされ、その翌年再度全米オープンの会場となった。東欧系移民のビリー・バークが72ホールに及ぶプレー・オフの末にカリフォルニアのプロ、ジョージ・フォン・エルムを破って優勝。更に、1956年にはディツ・ウィルソンによる改造で翌1957年に3度目の全米オープンが行われ、再度プレー・オフの末ディック・メイヤーが本命のケリー・ミドルコフを破って勝利を手にしている。4度目の全米オープンは1979年に開催されへール・アーウィンの優勝であったが、その前年にやはり名設計家ジョージ・ファジオの手による改造がなされている。

 このコースの特徴は、4回行われた全米オープンの都度、その時点で一流の設計家として名前の通った4人の手で改造が施され、その積み重ねで現在の姿が完成している点である。距離に加え正確なショットを要求する手強い難コースとして名が通っている。