42 マッスルバラ・リンクス

更新日:2008/04/10

マッスルバラ・リンクス
 スコットランンドの首都エディンバラの東へ動いた場所のあるマッスルバラの街はずれに位置する歴史ある9ホールのリンクスコースである。
その歴史の古さは、このコースで16世紀にメアリー・スコットランド女王も、その息子ジェームス6世(イングランドではジェームス1世)もゴルフをプレーしたとされている程である。メアリーはゴルフ史上で最古の女性ゴルファーであり、ジェームスはスコットランドとイングランド両方の王であったが、イングランドへゴルフを持ち込んだのは外ならぬこの王であったとされている。このリンクスはゴルフ場であるとともに競馬場でもあり、レースコースとして有名である。

 19世紀の後半には、エディンバラで歴史の古さを誇る4つのゴルフクラブが全てこのリンクスをホームコースとしていた。その中には最古のゴルフクラブであるオナラブル・カンパニーも含まれている。また、1874年から2年毎に6回全英オープンが開催され、マッスルバラに所属する4人のプロがチャンピオンとなっている。その中でもこのリンクスと強く結びついているパーク一族が有名である。長兄のウィリー・シニアーは全英オープンに4回優勝し、弟のマンゴ・パークは1回、息子のウィーリー・ジュニアーは2回勝っている。特にウィーリー・ジュニアーはプロとしてのゴルフの技量に加え、クラブ造りでもコース設計でも大活躍した。クラブ造りではウッドのソールに金属を張ったブラッシーを考案、またグースネック・パターでは特許をとっていた。コースではロンドンを代表するサニングデールのオールドコースを、アメリカでは2003年の全米オープン会場となるオリンピアフィールドを設計している。マッスルバラとパーク一族は切り離すことが出来ない。