
この辺りはやや内陸へ入るとビクトリア女王が夏期休暇を過ごしたバルモラール城があるが、ロンドンの富裕な階層の別荘地としても名が通っている。夏場には海から鮭が上がってきて、サーモン・フィッシングの本場として世界的に知られている。
ここにある名コースがダフ・ハウス・ロイヤルである。近辺でのゴルフに絡んだエピソードは1637年にゴルフ・ボールを盗んで死刑を宣告されたフランシス・ブラウンの話である。しかし、この地域でのゴルフの発祥は、さらにその100年以上前までさかのぼると云われている。
ダフ・ハウス・ロイヤルGCの前身は1910年にエドワード7世の娘と結婚したファイフ公、アレキサンダー・ダフが豪邸ダフ・ハウスを取り巻く一帯の土地をツイン・タウンのバンフとヌクダフの街の市民へゴルフコース用として、提供したことから始まったコースであった。しかし、第一次大戦のためコースは荒れ果て、ゴルフクラブは休止の状態となった。大戦明けの1923年、当時未亡人となっていたファイフ公婦人がパトロンとなってクラブを再開し、名設計家のアリスター・マッケンジーを連れてきてコースを再建した。海に近いが、リンクス・コースではなく、ダフ・ハウスと鮭の上がって来る小川に挟まれた土地に造られたユニークな内陸コースである。海のそばだけに風が強く、マッケンジー特有のハザードとグリーンの起伏でなかなか手強いが、美しいコースである。


































