エディンバラの北の海岸はフォース湾に面している。この海岸線を東へ辿ると有名なリンクスに多数出会うことが出来る。
かつて19世紀の終わり頃、一斉を風靡した9ホールのマッスルバラ・リンクスに始まり、ラフネス・ニュー、ガラン・ヒルの3つのコース、オナラブル・カンパニーのミュアフィールド、そして名物ホールが盛沢山のノースベリックのウエスト・リンクス。ここで一端ゴルフコースが終わり、のどかな海岸線が続く。そしてこの海岸線が南へ湾曲する所にこのダンバーのリンクスが現れる。
17世紀の一時期イギリスで王家が途絶えて共和制になったが、当時の支配者であったオリバー・クロムウェルが1950年のダンバーでの戦いの為にキャンプを貼ったと云われる海岸がこのコースの場所でもある。ダンバーの歴史は更に古く、1066年のノルマン・コンケスト以前にサクソン王が城を築いた岸壁も残っている。1314年には、スコットランド王ロバート・ザ・ブルースにバノックバーンの戦いで破れたイングランド王エドワード2世が逃げ込んだのもこの城である。
コースは海岸線に造られた防衛用の石の塀の内側に最初の3ホールがあり、残りの15ホールは全てその外側にある。ゴルフクラブの設立は1794年にフリーメイソンによって組織化されたものであるが、一時期姿を消し、現在のものは1856年に改めて作られたクラブである。写真は歴史的な古都ダンバーの街を背景とした17番ホールのグリーンである。コースの質は極めて高いもので、ミュアフィールドで全英オープンが開催される場合は必ず、このリンクスが予選会場として使用されている。
























